大判例

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大阪高等裁判所 昭和30年(ラ)41号 決定 1955年6月07日

抗告人 水原一郎(仮名)

右代理人弁護士 田口次男(仮名)

相手方 水原由子(仮名)

主文

本件抗告は棄却する。

理由

抗告代理人は、原審判を取り消し更に相当な審判を求める旨申し立て、その抗告理由は別紙記載のとおりであるので考えてみる。

第一、抗告理由書第一一項、第一二項について。相手方の提出した調停申立書によれば、相手方は、抗告人に対し扶養料の請求権があるとし、昭和二九年八月一日以降の生活費として毎月金一二、〇〇〇円の支払を求め、右調停が不成立に終つた結果審判事件に移行し、その審判手続中において、相手方は釈明として本件申立は婚姻費用の請求である旨を述べたことが記録上明らかである。ところで民法第七五二条によれば、夫婦は協力扶助義務を相互に負い、従つて夫婦の一方は、同条に基いて他の一方に対し、場合によつて扶養料の請求権を有するものといわなければならない。また民法第七六〇条によれば、夫婦は婚姻から生ずる費用を分担するのであるから、夫婦の一方は同条に基いて他の一方に対し、婚姻費用の分担金、すなわち、自分の生活費、自分が監護教育している子供の生活費養育費等に充てるため、双方の資産収入その他一切の事情を考慮して定められる金員の請求権を有するものといわなければならない。そして、民法第七五二条の規定による夫婦間の協力扶助に関する処分も、民法第七六〇条の規定による婚姻費用の分担に関する処分も、ともに家事審判法第九条第一項乙類に掲げられた審判事件である。従つて原審判には申立のない事件について審判をしたという違法は存しない。抗告人の主張は失当である。

第二、抗告理由書第一項ないし第一〇項第一三項について。夫婦は事実上夫婦分れをし、離婚原因があるとして現に離婚訴訟が係属中であつても正式に、協議上の離婚もしくは裁判上の離婚に至らない限り、婚姻費用を分担しなければならないのである。これと反対の見解に立つ抗告人の主張は採用できない。原審での相手方の陳述によれば、相手方は昭和二九年八月以後抗告人と相手方との間に生れた正男を相手方の親元に預け、自分は事務員として働き一ヶ月金五、〇〇〇円の収入を得ているが、正男を実家に預けたのは抗告人が生活費を渡さないため働きに出る外はなく、やむを得ず取つた手段であり、相手方の働きによる収入では最低生活を維持するにも足らない実状であることが認められる。また原審でした家庭裁判所調査官の調査によれば、抗告人は昭和二八年七月一日以降昭和二九年六月三〇日までの一ヶ年間において金五二七、四二〇円(一ヶ月金四五、六一八円余)の手取収入があること、抗告人は社宅の家賃、水道、電気料、貯金として右一ヶ年間に金五〇、六〇八円を支払つているが右手取収入額はこの金額を差し引いた残りの金額であること、昭和二九年七月一日以降の抗告人の手取収入額は前年度に劣らない額であることが認められる。以上の諸事実その他本件にあらわれた諸般の事情から判断すれば、原審判が抗告人に支払を命じた婚姻費用の分担金額はまことに相当であると認められる。抗告人は、相手方は抗告人の衣服家財一切を押え、抗告人の引渡要求に応じないと主張するが、これを認むべき証拠はないし、仮にそのとおりの事実があるとしても、この事実は原審判に定められた婚姻費用の分担額を不当となすに足らない。抗告人の右主張は排斥する。

第三、抗告理由書第一四項について、家庭裁判所は、職権で、事実の調査及び必要があると認める証拠調をしなければならないことは家事審判規則第七条の定めるところであり、記録によれば、原審はこの規則に従つて必要な調査及び証拠調をした結果、相手方の申立を相当として審判したものと認められるから、この点に関する抗告人の主張も当らない。

その他原審判には何等の違法不当の点はないから、本件抗告は棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

抗告の理由

一、抗告人は○○県○○郡○○村○○○○○○番地において大正三年○○月○○○日父村木太一、毋すみの間に三男として生れ大正十年三月二十二日水原敬一、さちの養子となり、○○○中を経て昭和十二年○○学院○科を卒業し同時に神戸○○○○保険株式会社に入社した。

二、昭和十三年応召軍務に服し昭和十七年召集解除となり神戸○○○○保険株式会社に復社、同社○○支店に勤務することとなつたところ再び昭和十九年現地召集を受け昭和廿一年帰還と同時に○○○○○○保険株式会社(会社合併により社名変更)に復職し今日に至つた。

三、第二回目の応召前訴外村田知子と正式に結婚同棲後間もなく出征し同人との間に長男忠男が生れた。

昭和二十一年帰還したところ前記妻知子は抗告人の出征中他の男と関係し不義の胤を宿しておつた事実が発覚したので同人はこれを離別した、戦争の生んだ家庭悲劇であります。

四、抗告人は精神的打撃を受け酒に欝を散しておる折柄昭和二十三年春頃同じ会社に事務員として勤務しておつた相手方とダンスパアテイの帰途関係が出来、爾来暫らくの間関係が継続しておつたが両人は夫婦となるには性格的に適せず結婚の意思はなかつた処昭和二十四年九月頃相手方は大阪家庭裁判所に家事調停の申立を為し、調停委員より数次に渉る勧説により正式に結婚する旨の調停が成立するに至つた。

五、調停は成立したものの抗告人の本心は余り結婚を好まず其の儘となつておつた処、昭和二十五年秋頃当時抗告人が養毋及長男忠男と共に居住しておつた○○○の宅に短身押しかけ女房として入り来り約一ヶ月許り同棲したるも相手方は生来強情な上に我儘で些細の事から抗告人や養毋と衝突することが多く到底円満なる家庭生活を営む事が出来ぬので相手方の両親とも話しあい結婚生活を解消することとなり相手方養毋中山ふき及伯毋某の二人が抗告人宅を訪れ相手方を引取り両人の間には円満に婚姻を解消する事となつた、当時相手方は二度と抗告人宅へは来ない旨明言しておつた。

六、抗告人は意思薄弱で相手方より強硬に主張せられるとついこれに従う欠点があり昭和二十六年○月長男正男が出生するに及び又々正式に婚姻届を提出するよう強要せられ已むを得ず昭和二十六年三月相手方との婚姻届に捺印したが同棲はしなかつた。

七、昭和二十六年四月頃養毋さちが病気にかかり臥床したので相手方は○○○の宅に見舞に来り看病を口実に其の儘抗告人宅に居据つておつたが養毋は同年○月死亡しました。

八、昭和二十六年十月○○市○区○○町○丁目○ノ○の社宅に抗告人、相手方、二児と四人で住むようになつたところ、以前にも増して、

1、生来強情な上に我儘で「ハイ」という言葉は一度も使つた事がない。

2、罵詈雑言聞くに堪えざる侮辱を抗告人及抗告人の実毋に加える。

3、些細の事から抗告人や毋と衝突することが多く。

4、常に立廻りを演じ挙句のはてはカミツキ又は器物を投げつけ或る時は西洋カミソリを以て抗告人に傷害を与え。

5、抗告人が帰宅する毎に強烈なヒステリーを起し、

(イ) 深夜まで出て行けというて、

(ロ) 疲れた身体を休める事が出来ず、

(ハ) 朝はいいがかりをつけて会社えの出勤を妨げ、

(ニ) 殺す殺すと大声を立てて大立廻を演じ、

(ホ) 或時の如き便所えオトシ込む等の暴挙を敢てし、

九、気の弱い抗告人は帰宅を躊躇し須磨の実毋の宅に泊るのが常で抗告人と相手方は別居生活をしてより既に二年に及び事実上夫婦生活は解消せられておる状態である。抗告人は此の間煩悶懊悩を続けておつたが意を決し神戸家庭裁判所に対し離婚の調停を申立て調停委員の熱心なる斡旋も徒労に帰し不調となつた。

最初の程は調停委員も相手方に同情し離婚を思い留るよう勧説があつた、調停が度を重ねるに従い相手方は次第に其の本態を表わし場所をもわきまえず抗告人、実毋等を罵詈し常軌を逸した言動が数多くあつたので後には到底両者は再び円満な関係に復帰できる見込がないように感ぜられた模様であつた。

十、夫婦は同居し協力し相互に扶助すべき権利と義務とを有するものである。

然るに抗告人と相手方とは其の性格が到底融和し得ないもので、上記第八項で詳細説明したような原因があつて将来到底円満なる夫婦関係を復帰する見込のない本件の場合は民法七七〇条第五号の婚姻を継続し難い重大な事由があるものと言える。依つて神戸地方裁判所に離婚の訴訟を提起し目下同裁判所において御審理中であります。

一一、相手方は昭和廿九年七月廿三日神戸家庭裁判所に対し扶養料請求の調停の申立を為し同調停が不調となつた処前記主文のような審決をしたのである。

一二、相手方が提出した前記調停の申立は、申立書で明かなように「扶養料」の請求であつて夫婦間に生ずる扶助義務の履行ではない。

扶養料の請求は旧民法の規定にはあつたが改正民法にはない。然るに原審決は当事者の申立てざる事項につき勝手に審決したもので手続上違法のものと言わねばならぬ。

一三、上記一乃至十に記載した事実関係において夫婦間には扶助義務は当事者双方に生ぜぬものと見るのは常識である。

何となれば本件当事者が事実上夫婦分れをしたのは昭和二十六年秋の事で既に三年半になり一子正男は昭和二十九年六月頃より相手方の親元である○○市○○区○○○○○町中山治一方に引取られ同人方で養育せられておるのであります。

又相手方は

○○市○○区○○町○丁目

○○○○○○同業会事務所

に事務員として(昭和二十九年六月頃より)勤め自活しており本件当事者間には共に民法上扶助の義務は存在せぬ。のであります。

又事情としても抗告人は昭和廿六年秋に相手方と事実上夫婦関係を解消するに際して衣服、家財一切を相手方に押えられ其の後引渡方を交渉するも相手方はこれに応ぜず、社宅は相手方が一人で占拠しこれがため抗告人は毎月金三千円を支払わねばならぬ状態であります。

従つて本件審決は斯かる事情を少しも考慮にいれぬ不当不法のものと云わねばならぬ。

一四、本件の如き多額の金銭給付を命ずる審判事件は普通の民事訴訟と異る所がない。従つて家事審判規則第七条によれば証拠調については民事訴訟の例によると規定してあります、然るに原審は扶助の義務の存在につき抗告人は明に争つておるにかかわらず何等の証拠調を為さず、相手方の申立てを全面的に鵜呑みにしたのは違法、不当の審決であるのみならず、余りに感情に支配せられた裁判といわねばならぬ、願わくは当審においては公平なる御審理を切望致します。

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